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ナラティブレポート発表会 Workshop-2

「2025年度ナラティブ発表会」が開催され、新人看護師5名が発表しました!

みなさんは、ナラティブをご存じでしょうか?ナラティブは、臨床の場面を「物語風」に書いたもので、自分の感情の整理や、コミュニケーション方法の見直しができるといわれています。また、人に聞いてもらうことで、看護の喜びや素晴らしさを実感できる機会にもなります。

新人看護師たちの発表は、どれも素晴らしいものでした。先輩看護師たちからは、「素晴らしいです!」「たった1年でこんな風に発表できるなんて驚きました!」などの感想が述べられました。当院の看護師たちはとてもいい考えを持っていて、頼もしいと改めて感じました。

 

 

「一人の人生の最期に寄り添う看護とは」

私は終末期のがん患者の死後処置に初めて関わった経験から、終末期看護における患者の尊厳と家族への支援について深く考えるようになった。患者は50歳代と比較的若く、入院時から看取り目的であった。入院当初は車椅子への移乗や食事、排泄などをほぼ自立して行い、日常生活を大きく保つことができていた。しかし、病状の進行に伴い徐々にADLは低下し、最終的にはすべてに介助が必要となり、会話も困難な状態となった。
患者は生前、「死ぬことが怖い」「夜の暗い部屋が嫌だ」と話しており、終末期に対する強い不安や恐怖を抱いていたことが印象に残っている。その言葉を聞いた際、私はどのように関わることが患者の安心につながるのか悩みながら関わっていた。しかし、日々の業務に追われる中で、患者の思いに十分寄り添えていたのかという思いも残っている。
途中でチームが変更となり直接受け持つことはなくなった。しかし、夜勤中に患者の死亡が確認され、初めて死後処置に関わることとなった。夜勤帯の静かな病棟で患者の死に直面することはこれまで経験したことのない緊張感があり、亡くなった患者の身体に触れることにも不安や戸惑いを感じた。患者に対して適切なケアができるのか、自分の行動に責任を持てるのかという思いが強かった。
しかし、先輩看護師と2名で死後処置を行う中で、先輩が患者に対して「きれいにしますね」「お疲れさまでした」と声をかけながら丁寧にケアを行っている姿が印象的であった。その姿を見て、亡くなった後であっても患者は一人の人として尊重される存在であり、死後においても尊厳を守ることが看護の役割であると実感した。また、処置の一つひとつが家族のグリーフケアにつながる可能性があると考えるようになった。
処置を進める中で、患者がどのような人生を歩み、どのような思いで最期を迎えたのかを自然と考えるようになった。これまで私は死後処置を業務の一つとして捉えていたが、この経験を通して、患者の人生の最終段階に関わる重要な看護であると認識が変化した。
また、家族である妻はこれまで明るく振る舞っていたが、実際には強い不安や恐怖を抱えていたと感じた。処置後、妻は涙を流しながら「ありがとうございました」と深く頭を下げてくださった。その姿から、看護は患者だけでなく家族にとっても大きな意味を持つことを実感した。患者が亡くなった後も、家族が安心して最期の時間を振り返ることができるよう支援することの重要性を学んだ。
今回の経験を通して、終末期看護においては身体的ケアだけでなく、患者や家族の不安や恐怖に寄り添う精神的ケアが重要であると再認識した。また、患者の言葉や思いを大切にし、安心して過ごせる環境を整えることの必要性を感じた。今後は患者一人ひとりの人生や価値観を理解し、その人らしい最期を迎えられるよう関わるとともに、家族が安心して看取りを行えるよう支援していきたい。さらに、死後においても尊厳を大切にし、最後まで患者に寄り添う看護を実践していきたいと考える。

 

「信頼関係構築のために大切なこと」

入職してから毎日、勤務の日は緊張していたが、独り立ちしてからさらに緊張感をもって業務を行っている。Aさんは、私が日勤業務の独り立ちをして間もない頃に担当した患者の1人である。Aさんは自ら積極的に話をする方ではなかったが、質問に対しては的確に返答し、必要な要望は伝えてくれる方であった。
ある日、いつものように「Aさん、おはようございます。朝の検温に来ました。」と声をかけ、訪室した。すると検温中にAさんから「ここの爪が長くなってきたから切ってほしい」と要望があった。午前中はバイタルサイン測定と全身状態の観察で手一杯だったため、「お昼からでも大丈夫ですか?」と声をかけ、午後に手の爪切りを実施した。爪切りをしている最中に「看護師さん名前なんていうん?」と聞かれ「ここの看護師の〇〇です。」と答えると、「みんな同じ服着てマスクしてるし誰が誰か分からんのよ」と少し笑いながら話してくれた。その時に私はいつも患者に自分の名前を名乗っていないことに気がついた。
私は、今まで患者を不安にさせないようにケアの前に何をするのか説明してからケアを行うように心がけてきた。学生の時は、毎日欠かさず自己紹介をしてから関わっていたにも関わらず、入職してからは自分の名前を名乗ってから関わるという初歩的なことができていなかった。看護師は情報収集を通して患者さんについて多くのことを把握している。しかし、患者にとって看護師は数多くいる医療従事者のうちの1人で見分けがつかないものである。そのため、日々のかかわりで患者に自己紹介し、自分が担当であると伝えることは、安心感や信頼関係の構築につながる重要な要素であると改めて気づいた。今後は患者に自己紹介してから業務を始めようと思う。患者の立場に立った視点を常に意識して、誠実で丁寧なかかわりを心がけていきたい。

 

「BPSDの患者さんとの関りからの気づき」

 学生時代とは違い、複数の患者さんを受け持つと、仕事を終わらせるのに必死になり、センサーやナースコールを煩わしいと感じてしまうことや、せん妄やBPSDの患者さんの対応で、口調が強くなってしまうことはないですか。私はあります。
「蹴られないように気をつけてね。」そんな言葉をかけられて向かったベッドサイド。声をかけ、布団を下ろそうと手を伸ばすと、私の手を掴もうとする患者さん。その後、少し布団を下ろすと次は足が飛んできました。「大変な患者さんだな。」正直、そんな風に思ってしまう自分がいました。私は、認知症患者さんの対応に行き詰まりを感じた日は、家に帰ってカンフォータブルケアの本を開きます。開くたびに「はっ」とさせられる不思議なその本には「常に笑顔」「常に敬語」「目線を合わせる」「優しく触れる」「褒める」「こちらから謝る」「不快なことは素早く」「演じる」「気持ちに余裕を持つ」「相手に関心を向ける」と、一つ一つは難しいことでは無いにも関わらず、日々の業務の中で実践・継続することがとても難しい、大切な事が書かれています。当時、自分自身が治療中で万全ではなく、追い詰められたような精神状態でした。自分自身の行動全てに自信が持てなくなっていたこともあり、実践できていないと実感しさらに落ち込みました。一方で、これではだめだと、気持ちも行動も切り替えなくてはと思いました。
次の日の朝、患者さんの目線に入るようしゃがみ、手を振ってみました。すると、少し表情が緩みました。手を差し出すと、握り返してくださいました。握手をしながら「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」と、言うと「頼んどかよ。」と返事が返ってきました。その日から、日々少しずつ関係性が構築されるのを感じました。そんなある日、おむつ交換の様子をみていると、布団を下げる際に顔を庇うような仕草が見られたのです。その様子から「難聴もあるし、恐怖感が強いのかもしれない。」と感じ、タッチングやラウンドの際のコミュニケーションを増やしてみることにしました。すると、会話が増え、笑顔や時には涙を流すなど、感情の表出がみられるようになっていったのです。波はありましたが、ケアへの抵抗も次第に減少していきました。
そんな折、レントゲン室からかかってきた私宛の電話。「レントゲンを撮りたいけど服を脱いでもらえなくて検査ができない。手伝って欲しい。」という内容でした。役に立てるのだろうかと不安に感じながらレントゲン室に入り声をかけると、無事抵抗なく服を脱いでいただくことができました。患者さんが着替えに応じてくださったこと、認知症の認定看護師さんから関係性を築けていると言っていただけたことは、私に前を向く勇気をくれました。苦手だと感じていた患者さんが、背中を押してくれたのです。
今回の経験から、看護師である私自身も、一人一人の患者さんへの援助体験から学び、助けられ、成長させていただいているのだと強く実感することができました。そして今、ナラティブレポートを書きながら『今のその気持ちを忘れず「問題行動をする患者さん」「不潔行為をする患者さん」ではなく「なぜその行動をしているのか」に着目できる看護師になってね。』と言ってくださった、恩師の言葉を思い出し、改めて心に刻み込みました。

 

「理想の看護師への第一歩」

 私の理想とする看護師には一人のモデルがいます。それは祖父が亡くなる際に担当してくれていた看護師です。その看護師は、私の祖父にやさしく接し、家族の私たちにも心を寄せてくれました。その姿に感動し、私もそのような看護師になりたいと強く思いました。しかし、実際に入職してからは、日々の業務や記録処理に追われ、家族との関わりがほとんど持てない状況が続きました。忙しさの中で、憧れた看護師のように寄り添うことができず、少し挫折感を味わっていました。
約一年が経ち、業務に少しずつ慣れ、重傷患者を担当する機会も増えてきました。ある時、終末を迎える患者さんの部屋を受け持ちました。その際、家族は不安そうで、いくつかの疑問を抱えていました。私はその質問に対し、自分の知識の範囲内で精一杯答えました。その応対を通じて、少しでも安心感を提供できることができたのではないかと思います。
その次の日から、その家族は私の顔を見ると近づいてきて挨拶をし、時折軽い会話を交わすようになりました。これが初めて看護師として家族と関係を築くことができた瞬間でした。思い返すと、私の憧れた看護師も、面会の際には必ず顔を出し、祖父や私たち家族に声をかけていました。その姿は、家族にとって心の支えとなっていました。
振り返ってみると、私は当初の自分が描いていた看護師像に少し近づけたのかもしれません。まだまだ学ぶべきことは多いですがこの嬉しい気持ちをバネに日々努力していきたいと思います。

 

「看護師1年目を振り返って感じること」

入職してから、もうすぐ1年になる。看護師になるまでは患者さんが声をかけやすく、頼ってもらえる看護師になりたいと思っていた。働き始めてから複数の患者さんを受け持つことや時間管理を行うこと、看護処置などに難しさを感じる部分もある。その結果、理想通りの対応ができていないこともある。
看護学生の時は一人の患者を受け持っていた為、その患者さんと向き合い話しを傾聴すること、その人の為に行動することがほとんどだった。しかし看護師になってからは4人、8人と受け持つようになった。入職したての頃は1部屋4人を受け持つことさえ精一杯だったが少しずつ受け持てる人数が増え、今では8人を受け持てるようになってきた。しかし、時間管理がまだまだ出来ず、8人をラウンドするのにもギリギリになってしまうことが多い。その中で、学生の時は無かったPHSを持ちながらナースコールやセンサーコールの対応も行うと、より時間に追われてしまうことがある。またロングや夜勤では日勤よりも遙かに看護師の人数が少ない為、ナースコールやセンサー対応に追われてしまうことがある。
そんな中でナースコールを受け、患者さんの元に向かうと「忙しいのにごめんね」や「忙しそうやね」と言われることが時々ある。忙しいという言葉を患者さんの前で発している訳ではないが、患者さんの前での自分の表情や態度などがそう思わせてしまっているのだなと感じる。看護の技術も知識もまだまだだからこそ、患者さんから見て何か伝えたいことや頼みたいことがある時に言いやすい看護師だと思ってもらえるようになりたいと思う。その反面で忙しさが表面に出てしまい、患者さんに気を遣わせてしまっている部分があるのが現実である。
いきなり全てのことは変えられないが理想の看護師に近づくために、時間の使い方を見直すこと。また、時間に追われてしまうと心に余裕が無くなり焦ってしまうことがあるが、患者さんから見た自分はどうなのかを考えて行動していきたい。走って患者さんの元に向かうだけでも患者さんには忙しいのかなと思わせてしまう原因になると思う。その為、慌てた状態で患者さんの元に向かうのではなく、一息ついて患者さんに対応できるようにしていきたい。
少しでも理想の看護師像に近づけるように、日々一人ひとりの患者と向き合いながら頑張っていきたいと思う。

国保野上厚生総合病院
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